話の漏れない井戸端会議・栄美子さんの話

悩みというよりは、妹に、あせらずゆっくり何かを楽しんでほしいと

思っている【お兄ちゃん】の話。


まだ1999年6月30日(水)の夜です。


「隆君は栄美子さんのことに関して、お母さんから話はなかった?

僕が口を挟むことじゃないけれど、栄美子さんが嫌だなと思うことは

隆君はしない。眠っていることが多いとか、今こんな調子だからとか、

栄美子さんが【そのまま】でいられる様に、気を使える隆君だから

ああ、何というか、少しずつ回復してほしいよね、栄美子さん」


「うん、ありがとう。母にもっとおいでって言われても、栄美子も今は

自分が家にいるのが当たり前で、それは正しい。僕はお客さんだよ。

きっと僕が行くと居心地は良くないんだと思うよ。だから呼ばれたり

お土産がある時には行くけど。行く前に、母に電話入れた時は何も。

皆変わりないって。問題は栄美子が食べたり使うのならいいんだ。

それがお土産だよ。でも何か、後から母が言うには、お友達が出来たから

使えそうな物を貯めているみたいって言う。ねえ、ひめならどうする?

お友達にわけるって」


つきこさんは真面目な話を意識してなのか、少しだけ笑顔で話す。

何だか静かにゆっくりと。


「お菓子のお土産は友達に1つあげるとか、そう、自分のお兄様に

プレゼントされた大切な物でも分けてあげたい位のお友達なのかも」


僕もそう思うし、そうだとしか考えられないから僕も言う。


「僕もそう思うよ。栄美子さんは友達に何かプレゼントしたいんだと

思っていたところにお兄様が美味しいお土産をくれたから、とっても

気持ちが上向きになったんじゃないの?」


「うーん、飛んで火にいる夏の虫?」


「違う、栄美子さんとお友達が、もっと仲良くなるきっかけを

つくってあげたかもしれない、良いお兄さん」


栄美子さんが電車に乗って買い物に行けるのなら気の利いたものや

美味しいと思うものも見つかりやすいが、外に行けないのならば

【お友達】に分けられる物は(手元には)あまりないはず。


「栄美子が自分がやりたいように動けるのなら別にいいことだよね。

30代後半なんだから、女性の友達でも男性の友達でも。家の近所の

商店街にランチの美味しいお店が出来たから、1人でランチに3回位

行けるおこづかい渡してきたけど。寝たり起きたり。朝から夜まで

起きていると、次の日は横になることが多いらしい」


10年以上、いや、もっとか。栄美子さんはヒモ男に騙されていると

知りつつ逃げないで暮らして来た。今はやっと実家に戻って

お嬢さんの時にやりたかったことをしているようだが、今になって

悩むこともある様だ。家に戻った後に、好きになった人がいたが

その人は、すぐに結婚してしまい、失恋もした栄美子さん。


「おこづかいがすぐ出てくるお財布を持っている隆君がすごい」


一生、この人(佐粧隆)と「甲斐性」とか比べないでほしい。


「母から怒られた『何でそう半端に渡すの、あの子はスーパーの

アイスや袋菓子や、お人形のついた便せんや封筒とか買うわよ』と。

そう言われて僕は何が悪いかわからなくて【いいんじゃない、何か

懐かしいんだろう?試したいんだろう】って母に言ったんだけど」


「うん」


「母は化粧品も歯磨き粉も服もパジャマも靴も用意してるんだって。

僕は栄美子が服や靴、化粧品も、お金渡して買わせてレシートを

持ってこさせればいい、って言ったんだけれど、少し大きいものを

買う決断力がなくて、何も決められないで時間ばかりかかって帰って

くるらしい。でもね、イラストのある250円のノート、400円の可愛い

文房具、120円の菓子は買えるんだって」


「栄美子さんは、千円札や1万円札が使えない?」


(僕も1万円札は使いたくないなー)


「まあ、シャツや靴下が使えなくなったら買い物できるとは

思いたい。母が僕に中途半端なおこづかいを渡すなって言うのはね

渡しても使えないお札はダメらしい。でも千円札は使える方がいい。

母が栄美子に渡すのは500円玉なんだって。よくわからないけれど

リハビリ。大きいお札は使えないから。だけどさ、両替して渡すの

甘やかしすぎかなとも思う」


栄美子さんの生活はそれだけ厳しかったみたいだし、今はそういう

ことがないのに辛い思い出がよみがえってくるのかもしれない。

僕が勝手に考えたことなので、全部間違いだと思うが。


「お財布が重たいね」


「1回500円玉3枚は使えるみたいだよ。今になって苦しかった生活が

体に、脳に、出てきちゃったのかもしれないけれど。でも母も父も

栄美子と一緒にいる。それに節約のこころがまえは悪くはないよ。

だけど、忘れかけていた【ヒモ男】のせいで気持ちが重くなった」


隆君は2人半前の冷やし中華をゆっくり味わっていたように見えたが

全部食べ終わっていた。カニじゃなくてカニかまぼこ、錦糸卵に

蒸し鶏の裂いたやつ、レタスとかもやし、トマト、紅ショウガ。


つきこさんはチョコレートミルクを出して来た。