つきこさんとひでゆき・ROSSKASTANIE 佐粧

1999年6月29日の電話・隆君


隆君の知り合いに【兜蟹さん】という人がいて、僕も数回

会ったけれど、感じの良い人だった。

カブトガニのいる海の県が故郷らしい。柑橘類の取れる所かな。


お弟子さんを大切にする人だった。兜蟹さんのところで働いていたと

言えば、間違いなしの、箔がついたはず。優秀な人が何人も育ちお店も

増やしたけれど、数年前はアイスクリームにのみ携わっていた。


初めて会った頃は5店舗位あったはず。そこを閉じて、南の奥の県へ

行き食材の勉強をして故郷へ帰った。そしてお店を1つ開いた。

今、兜蟹さんのお店にはお客様が並んでいると言う。

本人がいるのは、お客様も嬉しいみたい。笑顔のお客様。

アイスクリームはやっぱり今も美味しい様だ。TVで見た。



唐突に隆君が言った。

(電話中です)


「秀行君は和菓子では40代からの部で10傑に入るんじゃない?

お店はいくつも持つ必要ない。秀行君は、弟子に任せてどこかに

出かけるなんて無理しない方がいい。そういうの出来ないでしょ」


40代の和菓子職人さんて、この区内で5人いるかな?

10人いなければ10傑には入れるよ。


*秀行は謙虚なので区内の和菓子屋さんを想像。当たり前のように

【区内10傑】と考えていた。一方、隆は秀行が日本国内で10傑の上位

になると信じて話をした。2人共そこはすれ違い。わかっていない。

タイムの出る競技と比べて「和菓子」は何が物差しか。


「自分で作る分には責任があるのは僕だ。僕は僕には責任がある。

僕は臆病だからお弟子さんが怪我をしたらと思うだけで無理だよ。

あとは必要な時、厳しく出来ない。合わせて臆病」


卑怯もあるし、弟子なんて考えたこともないから僕は今のままで

過ごしたいと思う。


「秀行君は店の改装と実家の手入れをプロに任せたでしょう?」


「建築のことは素人には無理。プロにお願いしたよ」


「優秀な会社を選んだのは、頼んだ人間が優秀だからだ」


お世辞は通じないよ。だけどマンション(たぶん3棟)自力で

持った人に言われると、気分はいい。


つきこさんが「お土産のお礼」を隆君に言う。

音の良いスピーカーフォンは便利だ。手ぶらで話すのにも慣れた。


同じ場所で会って、ご飯食べて観光して楽しい(バカな)話をして

帰って来たのは3人共、昨日なのだ。そして隆君になぜかお土産を

もらったつきこさん。


「姫、喜んでくれてるみたいで良かった。どういたしまして。

帰りの新幹線、3人で同じのに乗りたかった。席も横3つ一緒がいい」


昨年もツアーで行った場所だと思うけれど、外には出られなくて

つまらなかったらしい。僕らといるとスターっぽいのが薄まって

あまり見破られないのかも。僕は大いに「薄めてあげた」と思う。


「お弁当食べてお茶を飲んで、東京に着いたら、華やいだ気持ちが

なくなった。涙出た。会社に寄って手渡しのお土産渡して帰宅したら

実家から電話が来て、何とも言えない気分になってしまった」


隆君の実家にはお父さん、お母さん、6歳下の妹さんがいる。


「ええと、久しぶりのグリーン車どうだった?」


隆君は私用のときは指定席をとる。理由は【細い】から。

「お金に細かいから」ではなくて「体が薄い・細い」の「細い」

だと言う。意味があるのかよくわからない。

たぶん、指定席の何かが好きだからだと思う。


今回は東京で「前もって指定を買おうとしたら」修学旅行の女子高生が

乗るとわかって、往復グリーン車にしたらしい。


僕はその選択は正しいと隆君を褒めたのだが。隆君に指定席は

危険だと思う。スーツを着ていても会社員に見えないのだ。