A. 知神君の翼・皆を大好きなのが止まらない

1998年4月15日(水)知神・末竹は休日しかし。

ロスカスターニエ社内のAdalheidisの部屋にいる2人


*知神翼


時々どころか【常に】知神翼は天使(に、見える)の自覚が

ないのである。昔からいたずらは怒られなかったが。


(3つの時に、お皿に山盛りにしてあった母親の手作りお赤飯に

思いっきり顔をうずめてみた。可愛かったので許された。

3歳にして、お赤飯が熱くないのを計算していたのだろうか。

母親には「あらまあつばさちゃん、お顔見せなさい、良かった、

小豆がお鼻やお目目に入ってなくて」と思いっきり心配された。

3歳なら、そういうことしちゃうのは、ありがちかもしれない。

本人は、30代後半でこの話を母親に聞いたが全く記憶になかった。

どうしてそんなことをしたんだろう、頭が重かったのかと考えた。

だが、子供の頃とはいえ、恥ずかしい気持ちがあった。罪の意識?)


何か決めたら意地でも動かない、自分の思うとおりになれたらと

考え、とりあえず頑張ってみようという【雰囲気】はあった。

あくまでも【雰囲気】だ。中学までの対人関係は、争いごとを好まず、

苦手な人がいると、自ら居場所を変えた。部活を第一希望に

しなかったり。自分が変われば回避できるならそうした。


高校では軽音楽部から動きたくなかったので、苦手な

人達から逃れて先生方の使用しなくなった更衣室を借りていた。


知神翼は信用があった。こうして【第2軽音楽部】の場所を確保して、

仲間4人と卒業まで軽音楽部に、い続けた。



そんな知神翼だが、今現在は、バンドリーダーでギタリストの佐粧隆、

イサさんことベースの長尾伊佐次、同じギタリストで年齢は若い先輩の

末竹七五三次と過ごすことが非常に心地よかった。


最初は恐ろしかったり怖かったり、その後も興奮、緊張していたのだが

今は落ちついている。5月のライブハウスも楽しみ。高卒後会社員で

(自動車整備士をしていた)そういうところには縁がなかったから。


佐粧隆の運転手→ Adalheidis加入 → Adalheidisコンサート

ライブハウスはリーダーの趣味。6月からはツアー。

知神翼のラジオは98年秋からまた始まる。



「急にぽこんて休みになっちゃったね。佐粧さんはイサさんと連絡

取ったり、ああ、社長だったんだ。僕はそれを忘れそうになる」


末竹君は仕事は学校の様にあってほしいと願っている様子。

例えば週に6日、練習でも体育でも、何でもいいから仕事でなくても

雑用でもいいから欲しくて、疲れたーってお風呂に入りたいらしい。


仕事が毎日あるのならば僕らにとって、それは素晴らしいけれど。

末竹君は若いから体力があるのかもしれない。でも僕でさえ、

急に2日間も「何もしないでいいから眠っていなさい」なんて

佐粧さんに言われたらちょっとドキッとする。


正確には3日目の夕方にまた集まるのだが。


「でも10日間何もなくて、次の2週間休みなしだったこともある。

体を慣れさせないとっていつも思う」

僕は何とものどかだ。ボーッとしているのだ。


「夜中ね、昔、僕がバイト掛け持ちの頃、夜中過ぎても居酒屋で

お運びとかしていて経験した。20歳過ぎている子が夜中働けるんだ。

焼鳥どんぶりとか食べて、ウーロン茶は飲んじゃダメだけどジュース

だったら何杯飲んでもいいんだ。ご飯食べられるのは嬉しかったけど

ジュース飲みすぎた。水道水を飲めるようになるまで大変だった」


水分を水に戻すのが大変だった話なのかな。


「夜中働いていて、ジュース飲みすぎたってこと?」


「確かに飲みすぎた気はするけれど、時間のことかな。

3時とか4時に眠り始めると10時に起きてもだるいんだ。だから

病院で夜勤の人ってスゴイよね。僕7時間寝てもだるかった。

あの頃は夜寝たかった」


ジュース飲みすぎ?とか聞いた僕が恥ずかしい。

末竹君も僕もここが好きなのだ。

もしかして、上手に休めないのかもしれない。