1998年4月15日(水)秀行の心が落ち込んでゆく休日
昨日はROSSKASTANIE社へ行った。つきこさんと2人で。
つきこさんは緊張していた。皆、仲良しだけれど。
母から電話がかかって来た。お店に来いと言う。
結論から言うと叱られた。
「つきこちゃん、何となく元気がないね。仕事が多くて
疲れているのかしら。駅で晴美さんと見たのよ。中に入ると
椅子のある、待合室があるでしょ。朝ね、見たの」
何でつきこさんの出勤時間に、母と晴美さんは駅で電車待ちを
していたんだろう。まだ少しラッシュ時間帯なのに。
「昨日、夜に連れ出した。僕の仲間と、ううん、佐粧君に
招かれて、楽器を教わっていたんだ。つきこさんと家で軽く夕食を
食べた後に、僕と車でそのお稽古の場所に行った。帰宅は11時」
「ひでさんが夜連れ歩いて、つきこちゃんそれでもう朝に会社に
行ったの?ちゃんと眠れたのかしら」
何でなのか「どうして佐粧君も夜によぶのかしら」とは言わない。
「つきこさんは今朝、美味しい朝ご飯作ってくれたよ。ゆうべは
僕も少々くたびれたけれど、佐粧君のピアノはとっても良かった」
おおむねウソは言っていない。理由は僕は小心者なのと、もしも
ウソでもついていたら、例えば母はつきこさんをどこかに嫁がせる
とかとんでもないことを言い出すのだ。僕を脅かすためだけの話。
「ひでさんはもうすぐ44歳だけど、つきこちゃんは27歳だね」
ほらなんか言い出す気がする。
「ひでさんにとって気の置けないお友達には女性じゃないのよね」
「当たり前でしょう。佐粧君と、同じ音楽をやる2人も男性だよ」
「じゃあ、つきこちゃんは、ひでさんも含めて男性4人の中に
いたってことね。それは居心地悪いわね。末竹さんとか知神さん
だとしても、居心地悪いわよね」
僕をよその男性に含められたことには衝撃が走ったが黙る。
末竹君も知神君も、お店に来てくれたことがあるから、母は
覚えているんだろう。佐粧隆の世界の人達だ。
「母さんは、末竹君や知神君がお店に来たときはどう思った?」
「可愛かった。たまに来てくれるのよ。やっぱり何だか素敵ね」
僕は家に帰って来た。
母から、瓶に入った紫のビーズの様なお砂糖をもらった。
つきこさんが喜びそうなお砂糖だ。
食器棚のあいているところに知神君にもらったクマさんが2匹。
2匹の右手と左手をつなぐように細いリボンを出してきて結んだ。
なんとなく安心する。
そのクマさん達は、つきこさんと僕なのだ。
杏仁豆腐はもう固まった。エビチリも作ったし、掃除も終わった。
洗濯もした。お風呂掃除をしたあと、泣きながら30分昼寝。
泣きながらと言うよりは、涙が流れながらの昼寝。いつもの僕の
よだれと変わらないと思う。
いつの間にかつきこさんが帰宅していた。
あれ、眉毛少しだけ違う気がするような気がする。
「眉毛、そのままでも可愛いけれど。あれ?」
「3日位前に洗面所でじょりっと剃れちゃったの。事故」
「わからなかったよ、僕は」
もしかして僕はつきこさんのことを見ていなかったのか。
「怪我はしなかったし、眉毛鉛筆持ち歩いているから。
さっき顔洗っちゃってまだ描いてないんだ。ほんの少しなんだけど
感じは違うね、やっぱり。生やそう。描かない方がラクだもの。
描くとわからなくなる程度なんだけれど、落ちるし」
つきこさんは優しい顔で、お茶目な顔になった。
「秀行さんなんだか泣いていた気がするから気になる」
「僕はご近所さんから後ろ姿がゴリラみたいって言われたらしい」
「前は佐粧隆よりかっこいいんだからいいと思う。そんなに
細いゴリラはいないし、良い意味でたくましいとかじゃないの?」
ゴリラはもうどうでもいい。一瞬で悩みとして吹っ飛んでしまった。
【隆君よりかっこいい】への疑問で。