帰る家があるうちに・つきこさんと16歳年上の僕

1997年3月7日(金)練習終わり。帰宅。


元気に隆君がつきこさんと僕の自宅にきちゃった。


「夕食食べさせて」と。


近所のスーパーで、うどんの玉(茹で)と卵、

トマトと、かまぼこをかごに入れると、隆君が

そのかごにはんぺんを5枚位入れて一緒にお会計を

してくれた。


つきこさんは薄めたスポーツドリンクを隆君に出した。


僕は「鍋焼きうどん」を作りながら話を聞く。



栄美子さんは佐粧隆の6歳下の実妹。身長150㎝位か。

昔、親の決めた婚約者と結婚したくなくて20歳で家出。


そのときごくごく短期間かくまって、一緒に他県にも

逃げてくれたのが、栄美子さんと同居中の紐男。


「昨日、ほぼ一昨日かな、入院。栄美子のアパートの

保証人をしている僕に連絡が来た。続柄、兄だし。

完全看護で女性の部屋だから特に僕は何も出来ない。

普通なら紐男が一緒に行くでしょ?違ったんだよ」


「紐男は何のための紐男なんだろうね」


僕のイメージでは、お金以外のこと、買い物や掃除や

女性が喜ぶことをして親切にするのがヒモ。代わりに

住まわせてもらったり、おこづかいをもらう?のかな。


「今回は退院後、栄美子は実家に帰ることになる。

栄美子が倒れた時に、家にある現金をすべて持って

紐男は逃げた。栄美子の勤め先は給料を現金で袋で

渡す様な小さなスーパーだから。タンス預金の方が

銀行に預けているより多かった」


「佐粧さん、栄美子さんは?」

つきこさんは僕が聞きたいことをきいてくれた。


「疲労と、栄養不足。実年齢よりかなり弱っている

ところもある。今はまだ眠ってばかりだけれど大丈夫。

両親と相談した。今回あのアパートは引き払ったんだ。

荷物なんてないし。冷蔵庫も洗濯機も売ったみたいだ。

電話機も外した。栄美子の荷物は段ボール2つと布団。

布団は捨てた。これで紐男が帰って来ても居場所はない」



紐男、ゴロゴロしているふりして、家の中のどこに

お金があるかとか、ちゃんと見ていたんだ。


卑怯な奴。栄美子さんが倒れたら怖くなって家中の

お金を持って逃げちゃうなんて最低。


「はんぺん、薄ーい味で煮た。食べられそうなら

鍋焼き作るけれど、隆君、2日間飲み物だけだと、具は

平気かな?それも心配だよ」



「ああ、飲み物ね。会社では食べなかったね。自宅に

戻ると惣菜パンとか、ようかん食べてたね」



立派な冷蔵庫には飲みきりサイズの果汁とか、栄養

ドリンクも入っていたはず。


「食べられるんだ?」


「執務室では弱っているふりをしないと。

あと1週間でコンサートあるから、数時間でも抜けるの

大変なんだ。皆、大変だけれど」


「じゃあ、卵も落として食べる?」


「食べるー」


今日は決まったことがあるだけで、終わったわけでは

ないからしっかりしないと、と隆君が言う。


無事に終わるって。

栄美子さんにはいいお兄さんがいる。


つきこさんも買い物リストを作るのを手伝った。

(栄美子さんの最低限の服や靴、肌着や日常生活に

必要な物。実家で初期に使うものかな)


隆君が買い物リストに「折り紙」と書いていた。

栄美子さんは折り紙が好きだ。

何だか切なくなった。