1997年3月1日(土)僕の休日は消えるのだ
稽古場のある階の3個目の給湯室で、おかき作り。
社員の方々はほぼ来ない場所だという。
ここは普通の家の台所より広いし、調理器具も
たくさんある。何で使わないんだろう。
僕にはコックコートが用意されていたので着る。
調味料は持って来た。塩と、砂糖だけ。
エプロンに三角巾をつけた知神君が来たときには
たくさんおかきが出来ていた。いい匂い。
紙袋とビニールの保存袋が、稽古場にあるという。
ここはお菓子工場か、稽古場近くの食事作りの場所に
変わっていく気がする。昼食とおやつ作るとか。
揚げたては美味しい。口の中を火傷しないように
気を付けてと知神君に言う。そしておかきのお盆を
持って行ってもらう。30mも離れていないと思う。
僕は油の始末をするのに少々時間がかかった。
稽古場に戻ったら、冷や汗が出た。
大きなお盆(おかきが多かったので2つ)の側に
ギタリストが2人、弁護士が1人寝そべっていた。
知神君がダージリンのアイスティーを作っていた。
僕も6人分の、マグカップを用意する。
「僕の餅が変化したものだから、余ったら自宅に
持って帰ろうと思ったけど、余らない。これねー
美味しくても約1ヵ月、気を使ってずっと一緒に
いなきゃダメだし、疲れるけど食べたい。悩ましい」
隆君、仕事場に空気清浄機2台、餅に良い環境を
作り?通常の見張りより、ちゃんと見ていたみたい。
「徳浜さん、これはお店で売らないの?」
「真野先生、うちの店はおせんべいはないんです。
たまに家でお菓子は作るけれど」
「いいですね、添加物がない感じが。止まらない」
あ、良かった。知神君が食べている。側を見ると
倒さない位の場所に、マグカップのアイスティーが。
「知神君、ありがとうございました」
「いいえ」
知神君には揚げたてが食べられる位になったおかきを
最初に味見してもらった。
「Hardy、これ、袋詰めして売ればいいのに。
間違って余ったらROSSKASTANIEに持って来たらいいよ。
佐粧リーダーが全部買ってくれるから安心だよ」
末竹君、それは褒めてくれているの?
「おかきと紅茶って美味しいですね。佐粧さんに言われた
時は、緑茶かなって思ったけれどアイスティーと合う」
知神君はそういうとホッとした顔でお茶を飲む。
「だって、緑茶のないケーキ屋さんに入っちゃったら
困るし。カレーもエビフライも洋食だとアイスティー
頼んでるよ、僕は」
緑茶のないケーキ屋さん?紅茶かコーヒーがないのは
珍しいけれど。食事には種類が多いから紅茶でも
会うのかもしれない。
「ひーめ、姫。おかき食べなよー。ああ、もうすぐ
終わるところか。汚せないから?姫は賢いねえ」
「ああ、小学生がいるのかと思っていました。わたしも
突然入って来て、寝そべって食べ始めたから挨拶も
しないで。つきこさん、この間はどうもありがとう」
確かに、1番可愛い雰囲気の末竹君でも173㎝位はある。
真野先生にも座ってドールハウスの中のお掃除をする
つきこさんは、小学生に見えるかも。
今日はワンピース(黒っぽい)に白いブラウスで、
子供ピアノの発表会の女子に見える。後ろからだと。
「真野先生、染めなくてもいい金髪なんていいなあ。
大変な思いをしたって聞いています。だから今は
キラキラに輝いているんですね」
「末竹君も腰まである髪を脱色してたんでしょう?
黒に戻して、髪も切ったら、さっぱりしたでしょう」
「はい、もちろん。あの頃は生え際から黒くなってきて。
自分でやっていたから、あんまり頭皮に近いとしみたり
髪に良くないんじゃないかって、思い切ってギリギリまで
【綺麗に見える様には】出来ないんです。そうすると同じ
バンドの年上の人に【気合入ってない】って怒られたり。
すごくこわくて涙がたれてくるほどこわかったです」
怖ーい。僕はそんなバンド怖い。
「末竹君、その年上で【同じバンドに同じ時に入った人】
郷里に帰っても友人が減ってしまって、また上京した。
そこから今度は、某県でガイドをしているって」
「うわー、某県て夏は暑いし坂の街だよね。ふーん、
頑張ってるんだね。でも、あそこってガイドの試験あるし
どこかに所属?何て言うのかな?」
「徒歩ガイドだし、個人でお客待ち。わざと単衣に
よれよれの着物着てさ、頭に時代劇の旅の剣客が被る
傘みたいのかぶって。そうすると、目立つのかもね」
「良かった。そういう仕事しているってことは、たぶん
体は元気なんだよね。ご飯も食べられるんだよね」
僕は心が狭いから、ぼくをいじめた人が元気なのは
ものすごく悔しいと思う。末竹君の代わりに泣きそうだよ。
「うん。気合入ってるって。髪も全部剃り上げてるって。
夏に熱いからじゃない?それがトレードマークらしいから
もう、髪は伸ばせないんだと思う」
「ガイド試験合格、自分なりの個性的な服装。良かったね。
僕は運転を任されていたから、蹴られたりぶたれたりは
しなかったけどね。あの人は髪が長いの似合わなかったし
頭は全剃りかあ。あ、後ろ絶壁なのにね。可哀そうかも」
隆君は末竹君が、いい子なので心配なようだけれど
うっすら?昔の同期にいやみを言っているのに、やっと
気がついたらしい。
知神君が笑っていたんだ。声を出すのを我慢して。
仲が良いから何か知っていると見た。
仲良しがいるとき、末竹君が稽古場でつぶやいているのは
「お前なんか追い返してやるー。側に来るなー」
とかかもしれない。考えすぎだろうけれど。
皆さんのお腹は大丈夫なのだろうか?
おかきが全てなくなった。