ひでゆきさんがいじめたい人・つきこさんと16歳年上の僕

1996年10月某日・隆君が悪いんだ、とは言えないし。


僕はいやなことも頑張ればきっと終わると思って

生きてきた。でも、つきこさんがこの家を離れるのは

考えたことがない。頑張れない。

(出張なんだから戻るんだけれど)


鼻水たれて、大口開いて、泣いていた頃の4歳位の僕に

なっちゃうほど頑張り方(耐え方)がわからないよ。


頭の中に前向きなことが浮かばない。



卒業後就職した会社で、20代の後半、1年半よそに転勤。

(国内留学と上司は言った)東京の和菓子作りが、よその

有名な老舗の作業場に入ったから、少しいじめはあった。


いや、方言とか言葉の使い方が違うと思い込み切り抜けた。


どうするんだよ。つきこさんが1週間出張だよ、もうすぐ。

わからないよー。自分を納得させる方法が。



「ひでゆきさーん、ただいまー」


「おかえりなさい、つきこさん。なんかもう僕は

よくわからなくてね。ちくわの残りをカレー粉で炒めた。

あとは、キャベツの味噌汁。キャベツ残っていたし」


「食欲はある?」


「あるんだ。つきこさんが帰ってきたからね」


「バラチラシと、ひつまぶし、どっちか食べられる?

冷蔵庫上段に美味しい杏仁ゼリーもあるよ」


「僕ひつまぶし食べたい。ゼリーも」


「どうぞ」


会社の帰りにありがとう。食べられるのに作れないとは

情けないなあ。


まずはズバリとは聞かないことにしよう。


「つきこさん、ベースやりたかったんでしょ?

審査の人も相当厳しいね」


「だって、寺井次長がドラム落ちて泣いていたの。

それでベースになったんだよ」


「それって、審査の人、自分で楽器弾けるのかな?」


どうも怪しい。寺井君のドラムを不合格にしたとは。

寺井君は郷里で小学生から沢山楽器をやっていた。

幼稚園からかもしれない。


「あごひげだけど黒かったし、サングラスにハンチング。

でも、ハンチングの中は禿げかもしれない。だってね、

ドラムを叩いて見せたら寺井次長は【ベース頑張ります】

って、泣くのやめた。その位うまい。禿げあがる位の

練習をしたような音だったもん」


つきこさんが「そういう」表現をするなんて珍しい。


「ベースもギターも上手かった。ひでゆきさんに

聞かせて上げたかったな、そのサングラスの講師の演奏。

都内ぐるぐる回ってる講師なんだって。声はあまり

出さなかったけれど、わたしがベースを弾いたらね、

【ギターの方が上手いのでは?】って当てた」


つきこさん、つきこさん、占い師じゃないんだから。


「あああ、お味噌汁、キャベツが熱くて美味しいいい」


ごめん。煮立たせちゃった。


「僕もひつまぶし、美味しかったよ」


わんこが笑う様にニッコリしながら

ゼリーとスプーンを持ってくるつきこさん。


「あの講師引っ張りだこのはずなのに。知らない。

名前もバンドマンぽい。講師と会社がお互いお世話に

なっているからって来てもらったらしくて。ほぼ1人で

審査して、メンバーも独断で決定していたの。ただし

それが間違っているとも思えなくて、わたしは混乱中」


何でも、しっくりとくる5人らしい。女性3人、男性2人。



「何て名前の音楽講師?」


「末神 隆(まつかみ・りゅう)だって。どこかで

良く聞く感じなんだけど、わたしも大概ボケっとして

いるからなあ。下向いて紙に何か書いてたからあんまり

顔見られなくて。ただ、30代後半40近くかな?たぶん

顔はもっと若いかも。手の指が綺麗で長かったし」



何か落ちついたと同時に、反抗期の僕だったら家の壁に

穴をあけたかも。そんなことはしたことないし、この家

に穴をあけたら僕が直すのでそんなことやらない。


手も傷むから。


末神隆。まつかみりゅうって聞く分にはまだね。


漢字で見たらもうダメだ。


そのうち怪しい電話が。



リーン・ベルベルベルベル