また泊まる人・つきこさんと16歳年上の僕

1994年1月7日(金)知神君を送った後佐粧隆泊まる


「お醤油あるよね?トースターは?」


「あります」


「このお餅焼いて食べるとラクでいいよ。蜜柑と饅頭も

少しずつ入っているからね。また遊びにおいで。ギター弾こう」


「どうもありがとうございました」


Adalheidisの曲を知神君と僕と2人で弾いて遊んだ。隆君が目を閉じて

黙って聞いていた。弘法だって筆は選ぶから隆君に貸せるようなすごい

ギターはない。だけど、聞いていた方が良かったんじゃないかな?


つきこさんが、あんなに可愛くてきれいで背の高い男子がいたら、

かえってモテないよ、女子は見るだけしか出来なくて、声もかけられない

知神さんは高校時代は自分は普通と思っていたはず、とつきこさんは言う。



知神君に関しては僕もそう思う。

工業だから女子はいなくても、覗きに行くとか、見に行く女子は絶対に

いたと思うもの。もう2児の母親とかで美しい思い出になっているね。



知神君は2駅先から電車で来ていた。隆君が僕が送ってからまた

戻ってくると言った。また戻ってくる?



「今日は金曜日で明日は秀行さんが休みだから、朝ごはん食べて

会社に行くんじゃないの?このパターンはもう慣れたよー」


つきこさん、僕が人を泊めたり、急によんでも怒らない。

僕はつきこさんが幼くてお客さんが嬉しいのかと思っていた時期が

実はあった。ごめんなさい。そんなわけないよね。嫌な時もあるよね。



「ただいまー」


「早かったね。鍵かってチェーンしてよ」


「駅の反対側に出たらすごい近かった。ここから車で5分」


「それはびっくり」


「彼は国内A級持ってた。僕と同じ」


「それは、出ようと思えば各地のすごい大会に出られるという」


整備士さんだから車関係で気になる講習や試験は受けるよね。


「え?なんで隆君が持ってるの?」


「似合いそうでしょ?カーレース出場風のカレンダーとか」


確かにスポンサーの刺繍やワッペンまみれのつなぎで車の

横に立って、片手でヘルメットみたいな安易な構図が似合いそう。


「そういうことか。邪心とか売れ行きとか下心が詰まってるね」


「知神君は違った。知りたいことも分かってきたし、国内とはいえ

A級あっても、ぼくはどこにも出ないんだから意味ないですよって」


「穏やかな子だね」


「心配なんだよ。なんかね、秀行君に似ているから」


「僕あんな綺麗な子じゃないよ。知神君てさ、花束みたいじゃない?

クリーム色の薔薇の花束みたいな子じゃないか」


僕に似ていると心配?僕は僕なりにちゃんと育ったけれどな。


「1ヵ月が長いのー。心配だから。Mさんの事務所とかさ、

ここだけの話、小さくてもうちより歴史はあるから、もしもだよ

知神君が5分でも早くあっちに行くってなったら、お手上げなんだよ」


古い慣習とかしきたりとまではいかなくても、なんかルールが発動?


「だからHardyは来週の水曜日に会社内をうろついて。

どこかで発狂した様にギター弾いたり、ピアノで作曲してもいいし。

そうだ上級ギター講師になって知神君拘束してよ。認定証出す!」


僕がいれば大丈夫ってものじゃないでしょう?

あと、血のにじむような思いで認定証手にした人の思いは?


「佐粧さん、お帰りなさい」


「ただいまー、姫。さっきまで姫って言えなくてイライラしてた」


「何で?」


「知神君に何で姫なのか説明するのが大変そうで」


「僕にもちゃんと説明してくれたことないよ」


大体人妻を姫って言うのはおかしいと思うんだけれど

なんか慣れちゃったんだよね。言い続けた隆君の勝ちか?


「客間温めてお布団とか準備してきますね」


「わー、姫ありがとう」


つきこさんは気を利かせて、2人にしてくれた。

僕たちはホットチョコレートを飲んでいる。

つきこさんは夜は飲まないのだ。えらいねー。



「今日のMさんからのお電話タイム。やっぱりMさん怖いわ」


「だってまだOさんと一緒なんでしょ?」


「Oさんの耳に怪我させたんだって。ピアスの穴開けさせて

くれたら、好きなピアス買ってあげるっていったらしいけど」


開けさせてって、まさか、まさかね。


「お店に売ってるね。穴開けるカチャってホチキスみたいな

のとか、お店には銃みたいのがあるね。丈夫な人はそれで消毒して

終わりじゃない?病院も普通かも。つきこさんは絶対しないよ」


「Oはね、ダイヤモンドでも期待したんじゃないかと僕は思う。

Mさんに氷で冷やしておけって言われて冷やし方が足りなかったか

よっぽど痛かったのか、動いちゃって変な場所に開いたって」


「Mさんが布団針みたいので刺したの?おっかなあああああい」


「僕は布団針がどういうのかわからないけど、ボールペンの先

位のが続いてるような太さらしい。もう片方はうまくいったって」


Mさんの鬼。片方でやめればいいのに。変な場所に穴開けた?

ああ、でもOさんは2つ綺麗なピアスが欲しかったんだ。


「消毒もしたのに、彼女のかゆみがひどくて病院に行ったら雑菌が

入ってたらしいよ。しばらくOは薬飲んで消毒だって。ピアスも開けた

穴にはしちゃダメだってさ。Mさんも少しは懲りたかと思ったんだ」


「体質的に出来ない人もいるらしいからね。薬と消毒で治るならいい。

腐ったみたいになる人も、アレルギーで1生赤い肌とかゆみや痛みが

治らない人もいるみたいだよ」


アレルギーでバレた子つきこさんの中学の同級生でいたんだって。


「Mさんに、これはもう彼女に小さな宝石入りのペンダントとか

選ばせてお見舞い代わりに買ってあげたらどうでしょう、って責める

つもりもなく穏やかに言ったんだよ」


隆君、気持ち悪い話を聞かされて、まともなアドバイス。1日でも早く

デビューした先輩にはそうしないといけないんだね。大変ねー。


「そうしたら、ハハハ、そんな必要ないですよ。僕はピアスを

買ってあげるって言ったんだから、耳でも瞼でも口元でも体でも

別にうまく開いたら、そのときは買ってあげますから、だって」


「怖いー。すごい怖い。Oさんは平気なんだね?」


「欲の皮が突っ張ってるんじゃない?その間は平気だよ。

こんな話を聞いたあとに知神君と君の弾くAdalheidisの曲

僕は大好きなトワレの香りのお花畑にいるみたいだった」


「意味わからない。お花は香りがなければ青い匂いでトワレの

香りのお花畑って、まがい物で人工物で偽物じゃないの?」


「秀行君はいいように考えなきゃだめだよ。匂いのない

チクチクする草の中より、清潔で安全な部屋の心地よい中の

オーデ・トワレの香りじゃないの?」


まあ、僕が香りを使わない人間だから。


「もう、姫は僕のお布団と愛し合うほど時間かかってる」


「違う、2人のお話終わったかなって考えてるだけ。そろそろ来る」



今日1番笑った。隆君の「僕のお布団」。うちの布団だってば。