佐粧隆の電話がありえない・つきこさんと16歳年上の僕

1993年12月4日(土)なんか忙しい様なほっとしたような。


コンテストが昨日。僕は自分で考えているよりもかなり

体力がある。つきこさんと2人で歩くときワクワクした。


2人で昼食食べて(ランチメニューだから高くはない)

モールをね、手をつないで歩いたのが嬉しかった。

近所の人いないし、いいよね、のノリで。


2人とも左薬指に指輪していたから、親子には見えない筈。

お兄さんと妹とか、叔父さんと姪とかでも嫌だ。

ああ、僕は体は動くけれど気持ちが疲れているのかも。


そこに電話。まあ、あの人だろうな。


「はい」


「こわーい。疲れてるの?まあ昨日大変だったし」


「隆君、社長って電話する暇あるの?」


「うん。まあある。その位はね。あと10年もすれば

パソコンのほうがやりとり楽になるんだと思うけれど。

そうか執務室の中にトイレを作ればいいか」


バカなこと言ってる。外に出て廊下歩いてすぐ右だった様な。


「秀行君はHardy だから、22日のことで話していれば平気。

3時間くらいは許してくれるよ」


3時間なんて冗談じゃない。食事作って食べて、片づけられる。

おまけにシャワーなら浴びられそうだよ。


「誰が誰を許すんだよ。そこで仕事しているのは社長の隆君

でしょう?社長が許可してくれたの?」


「ちゃんとやることやってるから誰でも許してくれるよ」


外から見たら良いボスだけど、実態を知ったら気が遠くなる。

集中力で仕事は終わらせて、休憩をちょこちょこ取るタイプか。


「Mさんのことがわかりました」


なんかお腹いっぱいなんだけれど、聞いておきたいような。

だって、憧れの人だったんだ。今は何とも言えないけれど。



「新しい彼女は、うちの会社のライブハウスで飲み物を売って

いた子なんだって。さすがにアルバイトまでは僕が面接しないし」



ちょっと、RosskastanieのライブハウスってAdalheidisで昔ギターを

弾いていた人が勤めているんじゃないの?


「秀行君が何考えたかわかる。元Adalheidisのギターで短い髪の

もう1人の姫が辞めた後、勤めてる場所なんじゃないかってこと?

もうやめた。音響の真似事でも出来たらお給料増やしてあげたのに」


僕、その仕事、まねっこなら出来るよ。おまけに力持ちだ。

何かあったら雇ってもらおう。昔バイトでやった。ああ、そうか

もう機材とか変わったんだろうな。やっぱり和菓子を極めなきゃ。


「元プロなのに、音楽の場でサボってばかりって聞いて悲しかった.

だって正社員だけれど仕事わからないうちに昼出て夕方の5時か6時に

帰ってたんだよ。下手くそな人たちの音楽を聞く前に帰るって」


勝手にやめて、でも新しい場所で演奏が通用しなくて

プライドはあるから隆君には何も言えなくて。でも恐らく

バイトからが多いのに正社員というのは隆君が手を回したから。


「大体、姫を入れるほうがいい音が出る。あの下手くそを

盛り立ててくれる、多少なりとも人気のあるバンドなんて

ライブハウスにはいないよ」


「ちょっと、つきこさんなの、その姫って?」


「僕には他に姫はいないよ。僕はアーデルで姫だけど。

心配なら秀行君も一緒にやる?きのこも入ると4人ギター

すごくかっこいいよね。まあそれはそれで、後で話そう」


もやもやする。


「でね、Mさんてさ、僕たちのほうがずっと上でも、

あの人もちょっと顔はいいじゃない?ハンサムに見える」


僕たち、って僕もなのかな。Mさんてどういう意味でも

比べる対象じゃないけれど、僕らがずっと上って何?


「今の彼女は22歳か23歳に見える30歳なんだって。

ライブハウスのバイトは3ヶ月目。歌の勉強をしている、

早朝から昼過ぎまでは、昔からやっているバイトでパン屋。

30過ぎて音楽に近づけていないって思ったんだって。

だから最近夜にライブがあるときは飲み物売りしてるって」


「オーディションとか受けてこなかったのかな?」


「うちには来なかったみたいだね。Mさんて基本はお坊ちゃま

でしょう?アルバイトが早朝からとか夜にもう1つバイトって

聞いて、すぐ、うちにおいでって。あの子は30歳だとは思うよ。

29歳位に見えるかも。Mさんのことは知っていたって。Mさんて

アルバムの写真とは全く違うし、薄暗い中のハンサムってだけ。

初めて会ったときはね。あとでビックリされたって笑ってたけれど」


29歳に見える30歳、自分の歌の入ったテープも持ち歩かない

微妙だ。誰だかわからないうちに、バイトしなくてすむからって

知らない男のうちに行くか?もうこころも体もクタクタなのか。


「Mさんね、収録場所の最寄り駅まではタクシー使えないの。

彼女が電車でどこででも連れて行ってくれるんだって。深く帽子を

被るか、眼鏡だけでバレないんだって。それはまあ彼女と2人で

くっついて立っているからだと思うんだけど。移動出来て良かった」


「あの、その子、どこかの事務所に所属出来たの?」


「そのこと?無理だよ。楽譜は読めるの。だからその場で

歌ってもらった。Mさんは優しい目でみていたけど、僕は絶望。

秀行君、姫と君は自分たちが普通の夫婦だと思ってるでしょ?

それは大間違いだからね。ある世界の人達からは羨望のまなざしで

見つめられちゃうんだから」


「絶望って。譜面読めたら音はわかるでしょ?」


「多少時間はかかるけれど、譜面を見て歌える。でもさ

歌わないで楽器に行ったほうが良かったと僕は思うよ。悲しく

音痴だから、楽譜読める意味ないじゃん。ボーカルは無理」


それは隆君だから、プロの目がプロかどうか見たんじゃ?

Mさんが、音楽まで相当おかしいってことになるじゃないか。

僕もMさんは変だとは思っている。でもその上を行くくらい?


「僕は卑怯だから歌声はどっちにしろ聞いたと思うよ。

でもいくらうまかったとしても、うちの所属は無理。

どうしてMさんの事務所に行かないかわかったね。歌とか

そういうの後付けだね。Mさんじゃなくてナンパ男性に

ひっかけられた女性だ。今回はいつまでもつだろう」


いじわるな僕もそういう風に考えちゃった。


「もし各社対抗カラオケ大会とかあったら僕は自分とキー君で

出る。そんなのがあったら教えてあげるから、偽会社を1日作って

姫と秀行君も出なさい」


「いやだよ。偽会社なんて、僕とつきこさんに傷がつく」


「じゃあ、うちの所属にしてしまおう。キー君には図書券でも

渡して黙らせよう。僕のポケットマネーならいいじゃん」


「えええ?隆君が上司のてっぺん?あとさー、そんな音楽の

プロとか出る場所に、何で?病みそうなこと言わないでよ」


「だって、悔しいもん。だますように姫のギターは録った。

あとは、歌ってるのがほしいの。あとね、カラオケってさ

思ったけど、うまい人も下手になる可能性あるからね」


「なんで隆君がつきこさんの歌を知ってるの?」


「まだ姫の誕生日から1週間もたってないよ。カラオケに3人で

行ったの忘れちゃったの?秀行君のバカ」


つきこさんの誕生日は1日、コンテストが昨日。今日は4日。


「ぼくなんか姫にお洋服贈りたかったんだけど、外に出るのが

恥ずかしくなるかもしれないお姫様のドレスでね。そうだ

来週、KYOが巻いていたマフラーをあげる。カシミアだめ?」


前にKYOはつきこさんにお土産にKYOがテレビで使ったのと

同じ織物の首巻をくれたことがある。問題はKYOは隆君なのだ。


「じゃあ、隆君のにおいつきってこと?」


「別に臭くないよ。弟の奥さんなら義妹。KYO好きなはず」


「僕たちは兄弟じゃないから」


「僕が5月生まれで秀行君が6月だから、面倒だから双子。

だから、前にも言ったけど2卵性双生児だから、顔は似てない」


「じゃあいいよ、僕が弟で。血液型もAで同じだし。つきこさんは

義妹なら、姫と言っても、妹姫だね。それなら許す」


隆君は何を許されたのかわからないよ、来週はKYOが都内で

収録だから姫に会うもんとわめいていた。平和な会社だ。

あの隆君が社長なんだ。尊敬しているけれどね。


「秀行さん、餃子60個包んだうち、いくつ冷凍する?わたし

餃子は15個とか食べたいから、今日既にマイナス15だよ」


僕もラーメン屋さんの餃子が1皿5個とか6個の意味が謎だ。


「僕は20個食べたいから残りだけ冷凍にしよう」


炊飯器もセットしてある。味噌汁はナスと油揚げなんだね。


「楽しそうだったな、佐粧さんと電話」


「いつのまにか高3に戻っちゃって。あと、22日までは

僕の上司と言うかリーダーだし、頭痛いな」


「ううん、楽しそうだったよ。にこにこしながら

わたしは餃子を包んでいました。秀行さんのお休みの

都合上、にんにく抜きだけど、ショウガだけだからこれ

冷凍のはスープにも出来るし便利ねー」


つきこさんが餃子包んでいてくれなかったら、お米を

しかけておいてくれなかったら、味噌汁の準備をして

くれていなかったら、きっと1人だったときのことを

思い出してしまっただろう。


「つきこさん、ありがとう」


「もともと休みの日はわたしが3食作るはずだったのに」


「だって朝早く起きて朝食作ってくれて、また少し寝てから

会社に行くの、きつい日もあるでしょう。できるほうが

やればいいんだから、気にしないで」


僕はなんだか嬉しかったよ。食後にお祝いのチョコレートと

(生チョコレートでウィスキー入り)眠る前だからティーバッグの

アールグレイで作ったミルクティーで、僕は落ち着いた。


2人でゆっくり眠ろう。