マッシュルーム・つきこさんと16歳年上の僕

1993年・8月になりました。


「あーなんか思い出しちゃった」

つきこさんがきゃあきゃあ喜んでいる。

今にも踊りだしそうだ。

「秀行さんて、初めて会ったときに確かボブって言うのかな

ビー〇ル〇のマッシュルームカットを短めにしたような」


「うわああああ。やめてええええ。思い出さないでええ」

そう、31歳の頃だった。母さんに言われたんだよね。

「ひでさん、あんた、おかっぱにしてきたの?」って。

父さんは、短いなら別にいいって感じで何も言わなかった。


あれはね、理容室のオッサンに騙されたんだよ。

「ひでくん(昔から行く近所の店だから、そう呼ばれている)

君は若いほうだけど、古い時代の髪型が似合うと思うよ。

小父ちゃんにまかせてみな。似合うのにしてあげるから」


少し髪も伸びていたし、短めでお願いしますって言ったら

ああいう風になってしまった。そうか、あの時期を

つきこさんに見られちゃっていたんだ。いやだよう。


「お店の制帽に似合っていたし、爽やかだったけれど

大学生に見えたわけが分かった気がする。理容室できっと

可愛くされすぎたのね。わたしはしばらくあの髪型が

秀行さんのイメージだったな」


「あんまりあのスタイルすきじゃなかったんだけれどね。

若いけれど僕には古い髪型が似合うとか言われてまかせちゃった。

中学生から通っているお店だし、そうなのかなーって」


「若いけれど古い髪型が似合う?それって古い髪型が似合う

若い人で、今のヘアスタイルは似合わないって意味なのかな?」

つきこさん、嫌なことを言う。んー、美容師さんだからかな?


「この前テクノカットにしようとしてくれた人でしょう?

今、おいくつの方?秀行さんが中学生で、もうハサミ使っていて

カミソリ使えるんだからそのとき仮に30歳として今54、5歳位かな」

「いや、65歳超えたと思うよ」


「じゃあテクノカットは勉強したんだ。尊敬する」

「尊敬しても、お客が嫌がったら意味ないよ」

僕は阻止したんだよ。うるさい注文つけて、阻止しまくった。


「わたしが高校生の頃はずっとボブだったでしょ?マッシュの。

結局、気に入っていたの?わたしにはすごく良く似合って見えた。

秀行さんというより、憧れの君って、感じだったけれどね」


恥ずかしいけどやめないでとか思っちゃう。


「洗うのはラクだったけれど。あの頃は髪型どころじゃなかったな」

つきこさんに将来どうやってお嫁さんに来てもらうかしか

考えていなかったかも。頭の片隅には常にあったんだよなあ」

つきこさんが下を向いて恥ずかしがっている。そういうの好き。


「わたしも、高校生の時は自分で切っていたから変だったよね。

だってやることも考えることもいっぱいあるし、和菓子屋さんに

行ってせめて覚えてもらうのにどうしたらいいかずっと考えてた」

「市松人形みたいだなって思ったことはあるけれど、変だなんて

まさか自分で切っていたとはね。それは本当に初耳だな」


「横は調整できたけれど、後ろは難しかった記憶があるなー」

「当たり前だよ。前髪とかならわかるけれど。お義母さんは

見てくれなかったの?別に変じゃなかったけれどね」


「母さんはね、いいんじゃないの?って。いいかげんでしょう?」

つきこさんのうちは楽しい。僕のもうひとつの実家でもある。

義実家じゃなくて。だって居間でごろごろしても怒られないんだよ。


「自分でヘアカットしたら千円くれたのね。それでギターに使った。

弦とか、小物買うとか。賞状書きバイトと足して小型アンプ買ったり」


なんでお互いそういう話を昔しなかったんだろうね。たぶん神様が

いるのならば、急接近しないようにだな。今ならわかる気がする。


「あ、電話くるー」

これはつきこさんの予知能力じゃなくて、耳の良さ。

「僕出るよ」

「ありがとう」

夜の電話はね、僕がいれば僕が出ないと。


「ハイ、ハーディー」

「何言ってるの?隆君?」

「ノー,アイム ティハルト」

「わかったよ。神経衰弱の続きだね」


「マリーちゃんは?」

「いるけどさ、これいつまで続けるの?」

「3人が恥ずかしくなるまで」


「じゃあ次に会ったら、そのときやめようよ」

「会ったその日は1日これで行こう」

「了解。それで用事は?」


「女性ロックバンドのレッドジャンクションのことなんだ。

ギターのNoma(ノマ)から相談受けちゃって。僕がかなり悩んでる」

「なんでその話を僕に?マネージャーとか然るべき女性スタッフが

いるだろう。僕なんてメンバーは5人いる位しか知らないよ。あと

君が育てた子達だから、オヤジさんみたいに懐いているんだろう?」


「まーね。とは言っても正直8、9歳位の年齢差はあまり感じないし

本当にいい意味で妹みたいだから、男女でもない『人間』なんだよね。

実は結婚したいんだって。彼女。電話で話もした。ちゃんとした人。

文句はないんだ。もちろん彼女たちに借金なんてないし、ダメだと

言うつもりなんて全くないんだよ。ただ、引退したいって言うのと

相手が14歳も年上なのがちょっと心配なんだ」


「引退したいってことは、メンバーは知っているの?」

「結構祝福ムードだったな。ギターいなくなるのは痛いんだけどさ」

「研修生にいないの?」

「メンバー変わってもうまくやれるかな。

25の子が控えで勉強してるけど。ツアーは4月からだから特訓かな」


「みんながいいなら、いいじゃない」

「まあね。もしノマが引退しても次に入る子も身長172㎝ある」

「まずは、やってみないとわからないじゃないか」

「だけど14も年上のおじさんだよ。43歳になる人だよ」


「あのさ、隆君、つきこさんと僕は?」

「姫と秀行君は16歳違うね。ああ、そうだった」


「八木沢さんと君は?まだ初々しいカップルだけれど」

「16歳僕が年上だね」


「なんでもうすぐ30歳のノマさんのお相手が14歳上だとダメなんだよ

青年実業家とかじゃないんでしょう?」

「大丈夫。化学やってて研究者。〇〇製薬で開発やってる」

「文句のつけようがないね。お嫁に出してあげたら?」


「幼なじみ。と言っても14違うし。近所のお兄ちゃんだったんだって」

「君は嫉妬しているんだよ」

「しないよ。ノマは僕の好みの顔じゃないし、申し訳ないが175㎝の

身長は、秀行君と後ろ姿が被るから何とも思わない。人間としかね」


「またひどい言い方するね。じゃあ相手が嫌なんだろう?」

「文句ないよ。185㎝ある。高校時代はラガーマンで生活に支障のない

怪我をして研究者になったんだから。頭もいいわけでしょう。僕なんか

化学なんて1生縁がないから、よくわからないけどさ」



なんだかわからない彼の愚痴は続く。